大山祇神社と島の歴史
“神の島”とされる大三島に鎮座する由緒ある神社
大山祇神社はしまなみ海道の代表的な島である大三島に鎮座する由緒正しい神社です。もともと大三島は「御島」と呼ばれており、“神の島”とされていました。そんな“神の島”に鎮座する大山祇神社は、天照大神の兄神にあたる 大山積神を御祭神としている神社で、594年には現在の形がほぼ出来上がっていたと言われています。ただ、大山祇神社が大三島に鎮座した由来については諸説あるので、詳細はまだ定かではありません。
数多くの重要文化財を収容
大山祇神社は山の神・海の神・戦いの神が祀られていることから、古くから歴代朝廷や内閣総理大臣、武将たちが参拝に訪れていたことでも知られています。例えば近代においては日本の初代内閣総理大臣である伊藤博文や旧帝国海軍連合艦隊司令長官である山本五十六をはじめ、政治や軍事に携わる人物の多くが大山祇神社へと参拝に訪れていたことがわかっています。
また、はるか昔、源氏や平氏をはじめ、名だたる武将たちも大山祇神社に武具を奉納し武運を祈ったため、現在国宝や重要文化財の指定を受けている日本の甲冑のおよそ4割が大山祇神社に集まっているそうです。例えば源頼朝や義経が奉納したとされる甲冑や太刀、護良親王が奉納した国宝「牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵」、平重盛が奉納したとされる重 要文化財「螺鈿飾太刀」などは宝物館の紫陽殿に収められているので、ぜひ一度見てみてください。どれも貴重で美しい武具ばかりです。ちなみに大山祇神社の神門から拝殿を進んだ所にある南北の回廊には、伊藤博文や山本五十六をは じめ、大山祇神社に参拝に訪れたことがある人物の写真が飾られているので、こちらもぜひチェックしてみてください。